幼少時代の思い出 ジャパンカップ
こんにちは、
先日の続きを書いていこうと思います。
banana-daisuki.hatenadiary.com
当時、小学生だったわたしは、
機械いじりが仕事であり趣味みたいな父と、
ミニ四駆の改造に夢中でした。
レギュレーション(改造の禁止や制限)は、
昔と今では大きく違っており、
今ほど厳しくは無かったので色々な事が出来ました。
■スピードを早くするには、どうすれば良いか?
こんな課題には、
当時、パーツは充実していないので、
父のアドバイスで、“モーター”を分解することにしました。
内部のコイルを取り外し、別の細いコイルを用意して、
綺麗に何重にも巻き直しました。
(※現在、モーターの改造はレギュレーション違反とされています)
そうすると、
高速回転するモーターが出来上がったのですが、
スイッチを入れて走らせてみると・・・
モーターの熱でシャーシが溶け、
高速回転でモーターカバーも外れて停止!(汗)
子どもながらに、
モーターの改造は危険と認識しました。 (笑)
スピードと熱を調整したモーターを作りあげ、
モーターカバーもシャーシとネジで固定させて、
改造仲間の友人とともに、いよいよ出場です。
当時、真夏で暑い中
百貨店の屋上で開催された大阪予選。
(写真は、ジャパンカップ大阪2019です)
レース以外にも
コンクールデレガンス(通称コンデレ)という
デザインや改造具合などを競うものもありました。
初のジャパンカップ、わたしのレース結果は・・・
序盤、
圧倒的なスピードで1位だったわたしのマシンは、
早々にコース内で停止!!!!
モーターカバーが外れて、
モーターとギアが噛み合わず止まりました。
大会直前、マシンメンテナンスをした時に
モーターカバーとシャーシを止めるネジを
締め忘れていたようです・・・。
わたしの夏は、不完全燃焼で終わるかと思いましたが、
コンデレ部門にて最優秀賞を頂きました。
コンデレの内容は、
プラボディにプラバンとパテを使って装飾し、
スプレー塗装したような簡単なものでしたが、
当時の写真を見返すと誇らしそうなわたしがおりました。
ちなみに、一緒に行った友人は、
レースで優勝してラジコンカーを貰っていました!
初めてのジャパンカップは、
こうして、今でも鮮明に記憶する、
熱い夏の父と友人との良い思い出となりました。
今日もさいごまでお読みいただき、ありがとうございました。